オハイオのディオール

とうもろこし畑の中にポツンとあるような

アメリカ、オハイオ州北部の田舎町に交換留学したことは以前も書いた。


登校初日、制服がなく私服で通えることが嬉しくて

思い切りおしゃれをしていった。

SCAPAのはっきりした黒X白ボーダーのぴったりしたボートネックシャツに、

モルガンの茶の短いAラインのミニスカート。

黒のニーハイソックスに白いサボ(サボは当時大流行していた)。


登校してすぐ、自分のいでたちがひときわ浮いていることに気づく。

ほとんど皆太いジーンズにだぼっとしたTシャツ。学校のスタジャン。

スカートを履いている人もいない。(目を凝らせば一人二人いたのだろうか?)

ただでさえ皆みたことがないアジア人が

みたことのない服装で登校してきたので、上から下まで痛いほどに見られた。


視線を気にせず自分のスタイルを貫くほどのアイデンティも持ち合わせずに

周りに早く溶け込むことを選んだ私は

あっという間にジーンズにカーキのTシャツ、スニーカーで登校するようになった。


田舎というのは日本もアメリカもさして変わらない。

そこで未来を描けない閉塞感は中にいる人の活力を蝕み、

膠着化して多様性は疎まれる。


映画で見るような自由なアメリカからかけ離れた

暗く湿った他者との違いをできるだけ避ける空気を

いち早く察知することになるとは、想像していなかった。

その中で最初は身をすくめるように、すぐにそれが日常となり

あらがうこともなく過ごしていた日々を思い出す。


年少のホストシスターがある店から黒いスニーカーを選ぶと

彼女のグループ5人くらいが全く同じスニーカーを同じ店で買い、

揃いで履いていたことには驚いた。

そのことを茶化すと

ホストシスターは諦めるような顔をして肩をすくめた。


すでにアジア人で異質である自分が

(他にメキシコからの留学生が一人、いつも揶揄われて早々帰国してしまった。

それ以外は学校は先生も含め全員白人だった。)

おしゃれを封印したとて周囲に溶け込むはずもなく、

優しくしてくれる人はいても親しいといえる友達もできずに

一人図書室で過ごしていた時、

本棚の片隅に装丁が美しい本を見つけた。


そこにはモノクロの、

ウエストを絞り裾にかけて大きく広がるシルエットに身を包み

傘のような大きな帽子をかぶる女性、デコルテが彫刻のような写真、

ぴったりとしたツイードのスーツにハイヒールの女性。

パリを背景に堂々と装う女性たちの写真が溢れていた。


ディオールの本だった。




写真の美しさに見入り、後ろの貸し出しカードを見ると、

まだ誰にも貸し出された形跡がなかった。

その本を最初に借りだすことが嬉しかった。

持ち帰って、深呼吸するように美しさを吸い込んだ。


次第にそんな田舎でも少し行動する気がでてきて、

放課後は徒歩三十分ほどの街の小さな図書館に行き

画集や写真集を眺めて過ごしたりもした。

寂れたアンティーク店を覗いて古い写真を買い集めたり。


インターネットのない当時

美しいものを目にするためには足を使い、探しにいかねばならなかった。

巨大スーパーにもモールにもないものに飢えていた。


帰国後も長いことそのディオールの本は心にずっと引っかかっていて、

いつか探しだそう、とおりにふれて古書検索にあけくれ、

AbeBooksでついにこれでは、という本の見当をつけた。


数週間後に届いた千鳥格子の装丁が美しい本を胸が高鳴りながら

開くとあの時の本だとすぐにわかった。

十年以上経ての再会だった。



一冊の本で呼吸が楽になることがある。


田舎の息苦しい同調性の中で、

深く息をつけた本にいつしか導かれ

今に至る。


そこでは親しい友達はいなかったが、

自分という最良の友達に出会えたことを幸運に思う。

Brigid Keenan (1981), Dior In VOGUE, Octopus Books.




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